AIテクノロジー

2018年2月、ニューヨークのスタートアップ企業エントルピー社は、自社開発したブランド品の真贋鑑定AI(人工知能)サービス「エントルピー」を日本でも本格的にスタートさせました。同社の日本進出を主導したのは、株式会社カカクコムの親会社でありTwitter日本語版の運営協力や広告販売を行った実績もあるデジタルガレージ社と、大和証券グループが合弁設立した「DGLabファンド」。すでに国内のリユース企業がエントルピーのテスト運用も始まっています。

ここではエントルピーの概要や真贋鑑定の精度などを紹介するとともに、ブランド品の真贋鑑定に人工知能が導入されることでリユース業界にどのような影響があるのかを考えていきます。

INDEX
  1. 鑑定精度は98.5%!エントルピーの実力とは?
    1. エントルピーは正確に、スピーディーに鑑定できる
    2. 間違って鑑定した場合の保障も完備
  2. 導入のメリットはどれくらいある?エントルピーの価値を考える
    1. エントルピーのコストパフォーマンスは低い?
    2. エントルピーの真価が発揮されるのは「アマチュアの世界」
  3. 人間の鑑定士は不要?エントルピーがもたらす影響力
    1. エントルピーは人間の鑑定士に取って代わるか?
    2. エントルピーは新規参入を促す?
  4. エントルピーによる「変化」をどう生かすかがキモ

鑑定精度は98.5%!エントルピーの実力とは?

エントルピーは正確に、スピーディーに鑑定できる

人工知能による画像認識でブランド品の真贋を判断するエントルピーは、現在欧米だけでなくシンガポールやフィリピンなど、世界各国200社によってすでに利用されています。エントルピー社の公表によればその鑑定精度は98.5%にも上るそうです。しかも偽物を本物と間違えて判断した割合はたった0.1%。まさに人間離れした鑑定力といえるでしょう。

エントルピーを利用するにはまずiPadなどのiOS端末に専用の無料アプリをダウンロードします。次にアプリの指示にしたがって、エントルピー社から提供されるカメラデバイスを使い、真贋を鑑定したいブランド品のロゴや縫製などを撮影します。

カメラデバイスイメージ

このカメラデバイスには260倍の倍率が採用されており、人間の目では判別できないような塗料のはみ出しや縫製のズレをチェック。近年大量に流通するようになったスーパーコピーにも対応します。撮影が終われば、あとは人工知能のアルゴリズムが撮影画像を分析して真贋の鑑定結果を表示するのを待つだけ。2018年2月現在、カバーしているブランドは以下の15ブランドとなっています。

・バレンシアガ
・ボッテガウェネタ
・バーバリー
・セリーヌ
・シャネル
・クロエ
・コーチ
・ディオール
・フェンディ
・ゴヤール
・グッチ
・エルメス
・ルイ・ヴィトン
・プラダ
・サンローラン

2012年に設立されたエントルピー社は4年間で1000万件以上の本物と偽物の画像を収集、エントルピーの鑑定精度向上に努めてきました。このデータベースはサービス開始後も増え続けていると考えられるため、98.5%の鑑定精度が99.0%、99.5%……とさらに高まっていく可能性も十分あります。

しかもデータベースに集められているデータは80年前から過去数カ月にリリースされたアイテム全てを網羅しています。したがってエントルピーは、一般的には真贋判定が難しいとされる古いブランド品にも対応できるのです。

またスピーディな鑑定速度も魅力のひとつで、ヴィトンのモノグラムのように十分なデータ量があるものに関しては、ほとんどリアルタイムで鑑定結果を表示します。データ量が不十分だと人工知能が判断した場合は、人間の目でアルゴリズムやブランド品の画像チェックを行うため結果表示まで1時間ほどかかりますが、これも現在時間短縮のために改善が図られているそうです。

間違って鑑定した場合の保障も完備

エントルピー画面
引用元:Entrupy

エントルピーが「本物」と判断すると、同社から上のような鑑定書が発行されます。この鑑定書はテキストで共有したり、電子メールで送信したり、印刷したりすることも可能です。購入者が鑑定書につけられたリンクにアクセスすると、エントルピーのサーバー上に保存された鑑定書を確認することもできます。リユース企業は安心して販売でき、消費者も安心して購入できるというわけです。

しかも同社はエントルピーが、偽物を間違えて本物だと判断した場合の賠償制度も完備。偽物のブランド品と引き換えに、そのブランド品の買取費用を払い戻してくれます。

導入のメリットはどれくらいある?エントルピーの価値を考える

エントルピーのコストパフォーマンスは低い?

「中古ブランド品を扱う企業なら、エントルピー導入待ったなし」とさえ言えそうなサービスの充実ぶりですが、果たして本当にそうなのでしょうか。というのも2018年2月現在のエントルピーには、コストパフォーマンスの面でまだまだ疑問が残るからです。

エントルピー導入にかかる基本的なコストは、カメラデバイスとチュートリアルのためのセットアップ料金299ドルと、月間鑑定回数に応じた以下のプラン料金です。

プラン ベーシック エッセンシャル エブリシング エンタープライズ
月間契約料金 99ドル 399ドル 999ドル 要相談
年間契約料金 950ドル 3830ドル 9590ドル 要相談
月間上限鑑定回数 5回 30回 100回 要相談

単純計算すると1回の鑑定あたりに1000円〜2000円のコストがかかる計算になります。割高感は否めません。また鑑定したブランド品全てが本物だったならまだしも、仮に3割の偽物が混じっていればひたすら鑑定コストだけがかさむことになります。「そんなにかかるなら自分の目で鑑定した方がいい」と考える企業も多いでしょう。

エントルピーの真価が発揮されるのは「アマチュアの世界」

しかしエントルピーに大きな価値を感じる人もいます。それが真贋についての知識を持たない、オークションアプリやフリマアプリの出品者や「CASH」などの現金化アプリの運営側といったアマチュアです。

インターネットオークション

オークションアプリやフリマアプリの出品者の信頼度は、取引実績や購入者の評価に依存しています。そのため一人に「偽物を売りつけられた。最悪の出品者です」といった評価を受けただけで、他の利用者からも警戒されてしまいます。そこに「エントルピーを導入しています」という文言とともに、エントルピーの鑑定書をつけられれば十分な付加価値になるでしょう。

一方現金化アプリの運営側は、常に偽物を買い取ってしまうリスクと背中合わせです。現金化アプリのサービスにおける真贋は、基本的にはユーザー側の申告に頼っているからです。

今後サービスが拡大していく中で、トラブルへの対応策が確実に必要になります。その場合は単に偽物を買い取った場合の損失だけでなく、それを知らずに販売してしまった場合の対応にも大きなコストがかかるでしょう。エントルピーのようなサービスを導入すれば、こうしたリスクとコストを未然に防ぐことができるというわけです。

もちろんここでもコストの問題はなくなりません。しかしコストの問題が改善され、より多くの個人や企業がエントルピーを利用するようになれば、個人間の中古ブランド品取引が2018年2月現在よりもさらに盛んになることは間違いないでしょう。

人間の鑑定士は不要?エントルピーがもたらす影響力

エントルピーは人間の鑑定士に取って代わるか?

鑑定士

「アマチュアの世界」の世界に対して、すでに人間の目で鑑定する知識と能力を持っている中古ブランド品の買取・販売を行うショップや質店の「プロの世界」では、エントルピーはどんな影響力を持つでしょうか。まず考えられるのは、エントルピーがこうした業界の「自分の目で鑑定する人材」の価値を著しく下げてしまう可能性です。実際、人間の目で見て「偽物」と判断され、店の在庫として眠っていたシャネルをエントルピーが「本物」と判断したという話もあります。

しかしここでもエントルピーのコストパフォーマンスが問題になります。というのも、いくらエントルピーの鑑定精度が高くても運用コストがかさんでしまうなら、既存の人間の鑑定士に活躍してもらう方がよほどコストパフォーマンスが高いからです。仮に導入するとしても、基本は人間が鑑定を行って、どうしても判断に困るという場合にエントルピーを利用するという形が現実的でしょう。

エントルピーは新規参入を促す?

とはいえ現状がいつまでも続くと考えるのも、やや無理があるでしょう。なぜならエントルピーを利用すれば「鑑定ができる人材」の調達や育成にかかるコストを大幅にカットできるからです。

これまで中古ブランド品業界は経験豊富な鑑定士を雇ったり、既存の人材に各種協会の研修を受けさせたりして、ようやく参入できる業界でした。事業を長く続けようとしても、こうした人材調達・育成は必須課題です。しかしエントルピーがあれば、こうした課題はおおむね解決できてしまうのです。現状他の商材を取り扱っているリサイクルショップやリユースショップも、中古ブランド品への参入を検討できるようになるでしょう。

以上のことから、今後エントルピーがより普及していけば中古ブランド品業界への新規参入のハードルはどんどん下がっていくと考えられます。個人間の中古ブランド品取引が今より盛んになれば、わざわざ中古ブランド品ショップや質店にブランド品を持ち込む人も少なくなるでしょう。そのときに既存の業者はどう対応するべきか、今から考えておいても遅くないかもしれません。

エントルピーによる「変化」をどう生かすかがキモ

真贋鑑定AIサービス「エントルピー」は、2018年2月時点ではコスト面の問題で急速に普及することは考えにくいといえます。しかし今後この問題が改善されていけば、確実に中古ブランド品市場は大きな変化を求められます。他の分野での人工知能の活躍を考えれば、この変化を食い止めるのは難しいでしょう。どうやって変化に対応し、生かすのか、それが大きなターニングポイントとなるでしょう。